西武沿線完歩の旅(2007/9/2~12/16)その16

2007/11/25 久米川→入曽 11.0km(歩行距離13.4km)

12時3分 東村山市栄町一丁目

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久米川駅北口は、駅から新青梅街道にかけて駅前広場と地下駐輪場の工事が行われており、このころ周辺は空地が目立っていた。その後駅広の工事が2010年度に完了、駅舎もリニューアルされ、旧北口はスーパーの自転車置き場に変わった。

12時4分 東村山市栄町一丁目

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跨線橋をはじめ駅施設は化粧直し程度で大きくは変わらなかったが、写真左手にあった駅出口は右手の現ロータリー正面へと移設されている。

12時7分 東村山市栄町一丁目

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久米川を出るとすぐ、線路は空堀川を渡りつつ新青梅街道の栄町陸橋をくぐり抜ける。いつも水溜りのような空堀川ではあるけれど、江戸期に狭山丘陵の木を伐採するまでは水の豊かな川だったという。

ここから先が、東村山駅周辺の連立事業区間となる。

12時10分 東村山市本町四丁目

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川を渡った右手は、建て替えられたばかりの都営本町アパートの敷地になる。建て替えで空いた北側の土地に、低廉な一戸建て住宅を整備する「本町プロジェクト」の工事が当時進行中だった。その一戸建て住宅は、2010年に竣工を迎えている。

12時15分 東村山市本町一丁目

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府中街道を北へ進むと、沿道には古びた商店や駐車場などの空き地が目立つ。東村山で「志村」と聞くといろいろ想像してしまうけれど(笑、ここも今では看板を下ろしている。

イトーヨーカドーや公民館の一角を過ぎて信号を左に折れると、その先に東村山駅東口のロータリーがある。

12時23分 東村山市本町一丁目

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東村山は旧来より交通の要衝であり、北多摩北部地区の中心的都市として発展してきた。市内の商業的な中心地が久米川駅周辺である一方、東村山駅東口の府中街道沿いには警察署をはじめとした官公署が立地する。

現在、東村山駅周辺の連立事業は2015年完成を目標に着手されており、あわせて動き出す都市計画事業とあわせ、駅前の風景は大きく変わっていくのだろう。

12時27分 東村山市本町二丁目

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東口ロータリーから狭い路地に入り、都道とは思えない一歩通行の隘路を行くと、左カーブの先で新宿線西武園線の踏切にぶつかる。ここは5差路の真ん中を線路が横切る変則の踏切で、踏切長があるため遮断竿が垂れ下がりけっこうな恐怖を感じる(笑

こんな踏切も、じきに連立で除却される。

12時34分 東村山市本町二丁目

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線路の東側を北へ歩く。この踏切を最後に西武園線が左へと分かれ、しばらくは農地の混在する住宅地が続く。人通りは少なく、たまに電車の走る音が響く長閑な町並が広がる。

12時42分 東村山市久米川町四丁目

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沿道にはこんな蔵も姿を現してくる。宅地化が進みそれほど広大な敷地ではないにせよ、屋敷林を構えた平屋建日本家屋をはじめ、武蔵野の農村を感じさせる風景が点在する。

12時53分 東村山市久米川町五丁目

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地形が柳瀬川へ向けた下り坂となる一方、線路は幅広のゆったりとした築堤で水平を保っていく。1300年代には存在したという熊野神社を迂回すると、道路は一気の坂道で谷底へ下り、新宿線のガードをくぐる。

12時57分 東村山市久米川町五丁目

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道路は二瀬橋で柳瀬川をわたるが、ここが東京都と埼玉県との境界線。ここを過ぎると、道路は再び所沢市街へ向けた上り坂に変わる。

13時1分 所沢市北秋津

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旧道上で迎えてくれた、所沢の虎猫たん。猫の1歳は人間の7歳と言うから、この子は生きていれば49歳の年を重ねた計算になる。

13時6分 所沢市北秋津

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坂を上り切る直前で掘割となった新宿線の上を、後から開業した池袋線の線路が越えていく。その西側で県道も、緑色のガードをくぐっていく。このガードの前後から、沿道も商業施設が増えてくる。

旧所沢車両工場を左手に西武百貨店の手前を右折すると、路地は所沢駅西口のロータリーへ抜ける。

13時21分 所沢市くすのき台一丁目

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現在は消滅した所沢駅西口。

このころ所沢駅は、ホーム上空の人工地盤の構築、西友の建替や東口の再開発など、「所沢スタイル」をコンセプトにしたまちづくり計画を公表したばかりだった。しかしその後計画は変更に変更を重ね、2013年にようやく新駅舎のみ完成している。

13時23分 所沢市日吉町

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西口から北西に続く地域随一の繁華街、プロペ通り。入口付近のマルイと突き当たりのダイエーを核とした商店街だったが、マルイはこの年の1月限りで閉店となり、ダイエーもその後閉店問題で一騒動あった。

高層マンションも増えてきた所沢駅界隈ではあるけれど、プロペ通りから一歩路地に入ると狭い道幅に突然古い家屋が出現したりと、そのギャップに驚かされたりもする。

13時33分 所沢市御幸町

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小金井街道を渡りなおも路地を進むと、その先で柳瀬川支流の東川に突き当たる。川沿いの道は「飛行機新道」と名づけられ、ガード左手すぐには1951年まで所沢飛行場前駅、その後の所沢御幸町駅が存在していた。今は、現地に名残を感じさせるものはない。

13時49分 所沢市北有楽町

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坂を上り所沢航空記念公園の緑を右手に、掘割となった線路沿いを歩く。線路敷にはたくさんの花が植えられており、「花をとらないで」と看板が出ているところを見ると、安比奈線と違ってここはオフィシャルなのだろう(笑

真っ直ぐに歩いていくと、ほどなくして航空公園駅に到着する。

13時56分 所沢市喜多町

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航空公園は1987年に開業した、比較的新しい駅。駅西口は密集した住宅地にありスペースがないため、駅舎から出た通路が市道を越えてから階段で下りるという珍しいレイアウトになっている。

13時59分 所沢市並木二丁目

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一方で東口は広々としたロータリーに面しており、飛行機を模した立派な駅舎を構える。駅名となった所沢航空記念公園は駅を出てすぐ右手が入口となっており、周辺は所沢市役所などの公的機関や団地が立地し、市街地は次の新所沢までほぼ一体となって続く。

14時1分 所沢市並木一丁目

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駅前には航空機も展示され、「航空発祥の地」を印象づける。

14時6分 所沢市並木二丁目

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航空公園を出ると、線路の西側に沿って単調な道路が続く。秋草学園の北、住宅地の中にそびえる武州ガスのタンクがこの町のシンボルともなっていたが、2012年3月に撤去されている。

米軍基地の引込線跡の痕跡を探しながら真っ直ぐ歩いていくと、じきに新所沢駅西口のロータリーが現れる。

14時18分 所沢市緑町一丁目

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新所沢は、車両基地にほど近く、多くの始終発列車を抱える新宿線西のターミナル。1962年に西武で初めて橋上化された駅舎は、1996年に改めて橋上駅舎に改築されている。西口駅前広場の周囲には、パルコなど商業ビルが立地する。

14時21分 所沢市緑町一丁目

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東口も同様に駅前広場が整備されているものの、取り囲むビルは古いものが多くおそらく再度段拡張する計画があるのだろう。東西とも真っ直ぐに伸びる駅前通りに商業ビルが並ぶ様は、ちょっとした地方都市の雰囲気。

14時30分 所沢市北所沢

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新所沢を出ると、同じような風景の中若干築堤状になった線路沿いを歩く。駅の北側で細い水路を渡るが、これが小手指車両基地の下を抜けてきた都市下水路。こういう水の流れを追うのも、また楽しいものなのだ。

14時45分 所沢市岩岡町

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からしばらくは住宅地が続くものの、やがて町名が北所沢から岩岡町へと変わると一気に農地の比率が上がる。線路沿いの道が途絶えたところで西側の県道へと進路を変えると、いよいよ周囲は人家の少ない広大な農耕地帯へと変化する。東京近郊で、こんな景色と出会えるとは。

14時50分 所沢市岩岡町

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このあたり地勢的には、小手指駅付近を中心とした「小手指ヶ原」のエリアに含まれる。その名のとおり農地に適さない赤土の原野であり、たびたび不老川の氾濫にも襲われたことから、江戸期の農地開拓には並々ならぬ苦労があったとか。

14時52分 所沢市岩岡町

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そんな一面の農耕地帯の中、線路が分岐を始めるとその先に南入曽車両基地が現れる。小手指と同様に広大な低利用地を造成し、1969年に開設された。

14時57分 所沢市北中四丁目

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ここから車両基地の西側をぐるっと回るも、ここがまた深い雑木林…。道はすっかり緑のトンネルに覆われ、夕暮れ時と相まって何かが出てきそうな雰囲気すらある(笑

15時3分 狭山市南入曽

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借景?の効果もあって、どこかローカルな車両基地構内。周辺の開発余地を見越した旅客駅設置構想があったらしいが、住民の反対で白紙撤回したという。近い先祖が苦労して拓いた土地ゆえの、外からの侵入を拒む気持ちもあるのかもしれない。

15時13分 狭山市水野

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車両基地を過ぎ狭山市に入ると、周囲は住宅地に戻る。このあたり、元々の地割に対して線路が斜めに入っているため、なかなか線路をトレースして歩くのが難しい。住宅地を抜け、踏切の手前を右に折れると、小さな商店が並ぶ駅前通りとなっている。

15時25分 狭山市南入曽

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古びた商店が並ぶ駅前通り。手前の焼き鳥屋は移転し、真ん中のたばこ屋は廃業したよう。その奥の「自転車預かり所」の看板は、今も変わらずローカルな雰囲気を醸し出している。

駅近くはさすがに住宅地となっているものの、不老川を中心に曲がりくねった道路沿いに集まった家々は、後世の綺麗に区画された建売住宅街とは違った雰囲気がある。

15時25分 狭山市南入曽

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駅本屋側ながら、簡易的な構造の駅東口。開業から120年が経過した入曽駅だけど、大規模開発等に洗われてこなかったことから、構内には開業当時の施設を未だに残す。周辺の開発計画も地権者の反対から倒れ、良くも悪くも昔ながらの風景を保っている。

人口減少が続く狭山市だけど、今後の巻き返しはあるのかな。


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