島根 ゆったり、やくもの旅(2017/9/20~23)その7(終)

4日目 津和野→東京(2/2)

津和野盆地を流れる津和野川は、過去から氾濫により町や鉄道に被害を及ぼしてきた。そのため近年河川改修が進められ、今どきの親水護岸に整備されている。

イメージ 1

そんな川沿いの通りに、「太皷谷稲成神社」入口となる朱塗りの鳥居がある。一見、これをくぐればすぐ神社があるように思えるけど、一方で左手奥に見える朱塗りのトンネル状のものが気になる(笑

イメージ 2

鳥居を2本くぐると参道は左に折れ、山腹に取りつく上りの階段に変わる。そしてその参道を覆う、鳥居のトンネルの鮮やかなこと。京都のような景観に、心躍ってしまう。

イメージ 3

参道はつづら折れしながら、ひたすら高度を上げていく。最初はただ感動するだけだったこの参道だったけれど、歩くだにどこまで続くかわからない、外の状況がよくわからないことから、次第に修行の色を濃くしていく(笑 上っても上っても、鳥居…。

鳥居を俗世間との境というのであれば、もう十分俗は落とし切っただろう(笑 階段の先に朱塗りの門が現われたころには、津和野の町は足元ですっかり箱庭と化していた。

イメージ 4

神門をくぐるとそこは、あでやかな極彩色の世界。階段ではほぼ誰ともすれ違わなかったのに、いきなり人影が増えてびっくりする。この神社は境内の多くが人工地盤に乗っかっていて、車だとひとつ下の層まで苦労せず乗り付けられるのだ。

イメージ 5

太鼓谷稲成神社は、1773年に当時の津和野藩主が京都伏見稲荷を勧請したもの。宇迦之御魂(うかのみたま)神と伊弉諾尊(いざなぎのみこと)を祭神とし、現在では「日本五大稲荷」にも数えられる。

しっかし何より特筆すべきは、眼下に広がる津和野盆地の眺め。津和野川に、石州瓦を被った赤い屋根の家々、線路を行くは「スーパーおき」の黄色い顔…。

イメージ 6

参拝は、お供えの油揚げを用意してから。

誤解が多いところだけど、稲荷神社における狐は神の使いであって、神そのものではない。油揚げは稲荷神に供えるものであって、そもそも肉食の狐が興味を示すとは思わない(笑

イメージ 7

御朱印は通常のものに加え、日本遺産登録記念としてこの年末まで限定のものが2種類用意されていた。御朱印収集はスタンプラリーじゃないので、限定モノをよく思わない人も多いけれど、新しい層が寺院に興味を持ってくれる動機づけとして間違ってない。

イメージ 8

ここからさらに上がると津和野城跡なのだが、14時を過ぎていたため山を下りることに。

殿町通りまで戻るとだいぶ人が増え、観光地らしい雰囲気となっていた。この通り沿いには江戸期以降の史跡が集中するほか、おしゃれなカフェなどスイーツ需要も満たしている(笑 2万匹の鯉が泳ぐ掘割は、津和野の景観を代表するもの。

イメージ 9

昼食処を探しつつ駅前まで戻ってみるも、人が多く特に惹かれるような店もなく…。駅構内では蒸気機関車が向きを変え、新山口への帰り支度を行っていた。この列車が14時45分発で、その71分後に発車する列車が、今日島根にいられるタイムリミット。

イメージ 10

津和野での最後の目的地は、駅前に立地する安野光雅美術館(入館料800円)。

安野光雅は、ここ津和野町を出身とする絵本作家。世界中を旅しながら描いた町の絵をはじめ、優しい色合いの水彩画を眺めて歩くのは楽しい。とは言え、ここに来たかった本当の理由は、本館「展示棟」と渡り廊下で結ばれた、別館「学習棟」の方にある。

イメージ 11

そこは、「今の大人があたたかな時間に戻れるように」とコンセプトされた、タイムカプセルのような空間。安野は二十歳で復員したのち、山口県内や上京した三鷹近辺で小学校の教員を務めており、そんな自分の中の原風景を形として取り戻したかったんだろう。

そして小学校の教室というのは、多くの人に共通した憧憬なんじゃないかと思う。

イメージ 12

突然の汽笛の声に、慌てて窓外に目をやると、「SLやまぐち号」が帰路に就くところだった。

イメージ 13

学習棟にはこのほか、絵本が充実した図書館やプラネタリウムもあって、SLの折り返しに親子で訪れるにはちょうどいい。売店には安野の水彩画を用いた商品がたくさん並べられていて、その中から津和野っぽい絵柄のクリアフォルダを2枚購入。

自然と町に溶け込むように、酒蔵のような意匠とされた美術館の建物。表に出てみると観光客の姿は極端に減り、すっかり夕方らしくなっていた。

イメージ 14

津和野駅に戻ったのは16時半ごろ。ロッカーから荷物を出してから、すっかり営業を終えた感のある駅そば屋で、カウンターの片隅に売れ残っていた駅弁を購入。新山口での乗り換え時間が短いのと、時間帯が遅くなるのとで、一応保険として。

改札が始まるのを待って、こ線橋をホームへと渡る。

イメージ 15

16時56分。たらこ色の気動車は、エンジン音を響かせて津和野駅を後にした。

列車は津和野の町並みを抜けると、県境を目指し高度を上げていく。もうひとつ隣の駅は山口県なのだ。ボックス席を独り占めできたところで、誘惑に負けお弁当の開封を大幅に前倒し(笑 津和野くぼたの、素朴な「かしわめし弁当」(800円)。

イメージ 16

最近は凝った駅弁が多かったから、こんな「原風景」と言えるようなものは久しぶり。

閑散とした仁保駅で、10分間の小休止。とりたてて何もない山間の小駅だけど、小さいころ兄の集めていたマンガ「リングにかけろ」の冒頭に登場する駅として記憶にあった。古いことすぎてどうでもいいんだけど(笑、でもついに自分もここに来たな、と。

イメージ 17

間もなく終点のアナウンスに顔を上げると、いつしか車内は高校生を中心に立ち客の出る混雑に変わっていた。18時41分新山口到着。16分の乗り換えの間に、特急券と飲み物と…駅弁もまだ売っていたけれど、軽食でいいやと思ったのでそのままホームに上がる。

イメージ 18

臨時の「のぞみ188号」は、18時57分に新山口を発車。ほどなくして車内販売が回ってきたので、軽食がないか尋ねてみたところ積んでないそうで…。「お弁当なら」ということだったので、食べたばかりのような気はするが(笑、結局夕食もがっつり駅弁になる。

北九州駅弁当の「幕の内弁当」(930円)。でもこれが、案外良かったのだ。

じんだ鯖、うに、切明太子、黒豚味噌焼、のり巻串、煮れんこん、筍煮、高野豆腐、丸椎茸煮、松笠イカ、卵焼き、山川漬、長板かまぼこ、花麩、ご飯…など

イメージ 19

幕の内弁当ではあるんだけど、北九州らしい食材が多く取り入れられていて楽しい。特にうには、大好きなだけにびっくりした(笑 そう言えば、JR西日本の車販で買ったのは初めてだったので、結果お弁当で正解だった。

土曜深夜の臨時便で空いてるだろうと油断していたものの、新大阪、京都を過ぎれば満席の指定席。やはり東海道新幹線おそるべし…。

イメージ 20

何故か新幹線では一睡もせず、23時29分に東京到着。乗り換えで多少バタつきつつ、終電1本前で帰宅した頃には1時前になっていた。めいっぱい遊んで疲れたけど、楽しかった。

出雲大社から大事に持ってきた「生弓生矢」。開封式をもって、この旅の締めとしよう。

イメージ 21

大国主大神素戔鳴尊より授かったとされる、退魔の力をもった聖矢のレプリカ。東京の厄はだいぶ落としてきたつもりだけど、これからもしっかり魔除けをしようという。

神社行って、教会行って、お寺行って…。いかにも日本人らしい節操のなさなんだけど(笑、このぐらいいい加減だから、今の日本は平和なんだと思うんだ。まぁそんな時代も、曲がり角に差し掛かりつつはあるんだけど。


タイムスケジュール(4日目)
8:00~8:35 朝食(館内レストラン)
10:00 チェックアウト
10:05~10:10 宿泊先→津和野駅
10:20~10:45 津和野駅→乙女峠マリア聖堂
11:10~11:35 乙女峠マリア聖堂→千人塚・追福碑
11:40~11:50 千人塚・追福碑→永明寺
12:25~12:45 永明寺→カトリック教会
13:00~13:10 カトリック教会→太鼓谷稲成神社(入口)
13:10~13:25 太鼓谷稲成神社(入口)→同(拝殿)
14:10~14:30 太鼓谷稲成神社→殿町通り
14:45~14:50 殿町通り→津和野駅
14:55~15:00 津和野駅→安野光雅美術館
16:20~16:25 安野光雅美術館→津和野駅
16:56~18:41 津和野→新山口山口線
18:57~23:29 新山口→東京「のぞみ188号」


この旅の記録