山陰 松江再訪と世界遺産の旅(2013/2/9~11)その2

2日目 石見銀山

6時半ごろ起床。支度をして、ホテル1階のレストランへ。洋食バイキングの朝食が旅の醍醐味!(笑 クロワッサンとベーコンがおいしかったよ♪

イメージ 1

9時前に駅へ。昨夜、VAIOで検索しながら行程を考えたのだ。

松江9時1分発の快速「アクアライナー」。三連休だからか、車内は思ったより混んでいる。出雲平野を抜けると、線路は日本海の波しぶきを浴びそうな海岸沿いを走る。普段乗らない気動車のエンジン音が、新鮮でよいね。

イメージ 2

10時14分大田市着。ここから石見銀山エリアの入り口にあたる大森代官所跡までは、バスで30分ほど。半分ぐらいの座席が埋まった状態で、バスは街道を上っていく。今日は寒いけど、風がないからまだ耐えられそうだ。

世界遺産センターまで行く人が多いのか、代官所跡でバスを降りたのは2~3人。鳴き龍のある城上神社に参拝したあと、「石見銀山資料館」で4館共通チケットを購入する。観光マップを示しながら、地区の概要を説明してくれるのが親切だ。

イメージ 3

「4館」とは資料館のほかに熊谷家住宅、旧河島家、それに世界遺産センターのこと。ここから銀山川沿いを上る1kmほどが大森の町並み保存地区となっており、熊谷家、旧河島家はその中に立地している。

「熊谷家住宅」は江戸後期の商家の建築で、当時の調度品がよく保管されている。マイペースで見て回るのが、日本家屋に住んでいるような気分に浸れてよい。最初だけ、スタッフによる概要説明があるのも気が利いている。

イメージ 4

ここでは月に一度「かまどの日」というのがあって、復元したかまどに火を入れ、月替わりのメニューを提供してくれる。それがなんと、今日らしい! 白玉ぜんざい300円を頂きながら、かまど班の女性の方々としばし世間話。

白玉ぜんざいの漆塗りの器が熊谷家で実際に使用されていたものだとか、お茶は「そこらへんで摘んだ草で適当に」入れているから季節によって味が変わるだとか、本当に手作り感がすばらしい。お茶をおかわりして、長居してしまう。

イメージ 5

「まだ着いたばかり」と言ったところ、先ほどの地図をベースに観光プランまで一緒に考えてくれる(笑 「清水谷精錬所跡」というところが、穴場的に見応えがあるらしい。「こんどは暖かい時に来てください」という言葉に送られ、熊谷家を後にする。

次に訪れたのが「旧河島家住宅」。こちらは役人の家だそうで、当時の食事など生活が再現されている。衣類や書物の保管をテーマにした展示が、虫食いに対する先人の苦労や知恵を感じられ興味深かった。今はミセスロイドがあるから楽だよね(笑

イメージ 6

旧河島家住宅を出て10分も歩くと町並み地区は途切れ、その先は普通の田舎道に変わる。でもこんな田舎道が、東京から来た旅人には有難い。途中、木造平屋建ての大森小学校に目を奪われる。現役施設で立入りは出来ないが、これぞ生きた文化財だ。

イメージ 7

石見銀山のハイライト、龍源寺間歩(まぶ)までは、さらに田舎道を30分ほど上る必要がある。環境保全のため一般車はもとより路線バスまで廃止され、観光客も大幅減となったのは、世界遺産登録と裏腹で地元としては痛し痒しだろう。

すっかり山中となった上り坂の先に、龍源寺間歩がある。現在内部を公開している、唯一の坑道とのこと。坑道は小ぶりで、中腰で進まないといけないのはちょっとツラい(笑 壁面に刻まれた無数のノミの跡に、労働者の息遣いを感じる。

イメージ 8

洞内はこれといった見せ場もなく、洞穴類の中では相当地味な部類だろう。石見銀山は町並みとか、山深さとか、その歴史とかトータルで味わうものなのだろう。だから、自分の足で歩いてみることが大切。

間歩を抜けた先、向かいの斜面の竹藪の中に、何層にも重なった石垣を見つけた。石垣があるのは、そこに人が住むための平場が必要だったから。町ができるのも必然なら、消えるのも必然。この山中に人が息づいていた証を、確かに見た。

イメージ 9

山を少し下り、熊谷家でおすすめされた清水谷精錬所跡へ。通りから一歩脇道に入ると、観光客の姿はなくなり穴場の雰囲気が一挙に増す。雪でぬかるんだ道の先に、幾重にもなった苔むした石垣があった。

イメージ 10

精錬所跡は建物や施設は一切残っていないものの、見上げる巨大な石垣の重厚感、存在感にしばし言葉を失う。傍らで芽吹いてきた梅の花が咲けば、日本の産業遺構らしい味わいのある風景になるだろう。しかし、残雪の今もそれはそれで味わい深い。

イメージ 11

精錬所跡から山道を登ると、選鉱場跡に出る。ここも石垣しか残っていないが、精錬所跡ほどではない。ほかにも同様の史跡が周辺にあるようだが、雪の山道で足元がおぼつかないため、史跡巡りはここまでにしておく。

さて。地図を見ると、「世界遺産センター」まで林道を抜ければ行けそう…に見えたが、その林道はぬかるみまくり、ついには崩壊して道幅が半分になるなどとても現役とは思えない様子。彷徨うこと60分、とっても心細い(笑

イメージ 12

そんなさなか、山中で「千人壷」という史跡が唐突に現れる。かつて罪人の遺体や病人を放り込んだ穴ということで案内板も立ってはいるが、手許の地図には一切記載がない。世界遺産登録というニュースの影で、隠された「負の遺産」も一方ではあるのだ。

しかし、史跡の出現は心理的には大きかった。少なくとも過去には、人の歩いていた道だということがわかったからだ。ようやく山を越えて、人々の賑わいの中に出たころには16時になっていた。

石見銀山公園に到達。そしてゆるキャラ「らとちゃん」…。

イメージ 13

陽は山陰に隠れ、風も出てきたところで「世界遺産センター」の訪問は諦める。というか、わりと石見銀山には満足した。バスで大田市駅まで戻り、「スーパーまつかぜ12号」鳥取行きに乗車。2両編成のディーゼル車ながら、けっこう速い。

18時13分松江着。ホテルへ戻る前に、駅で夕食の「かに寿司」を購入。これが、島根産の米に境港水揚げの紅ズワイをあわせた、なかなか贅沢な一品。酢が控えめなため、素材の味が堪能できてとてもおいしかった。

イメージ 14

「熊谷家住宅」での話。火を起こしていたおばさまに「(東京を離れると)いやなことも忘れるし」とリップサービスしたところ、「いやなことなんてあるんですか?」と返された。島根ってそういうところ?(笑 それとも、年長者はそう思うものなの?

思いもしない一言。世の中、いやなことばかりだと思ってんだけどな。


次の記事


この旅の記録